人生のレールから外れて感じたこと その1

こんばんは、かぐやです。

 

昨日の夜また書こうって決めてたのに書けなくてごめんなさい!

 

さて今回は人生のレールについてですが、自分の感じたことや後悔してることなど書いていけたらいいなと思っております。

 

僕は中学生の時にレールから外れました。

 

僕は顔に生まれつき痣がありその事で小学3年生から中学2年生まで身体障がい者扱いやいじめを受けました。「僕に痣があろうが無かろうが同じ人間じゃん」って思ったんですけど相手はそれを理解してくれませんでした。

今ではその痣とも長い付き合いですし、生まれつきあるものなので愛着もあるのですが、小学生の僕は当時そう思えることが出来ずに「なんで僕だけ違うんだろう、なんで生まれつきついてるものなのにいじめられなきゃいけないんだろう」って感じながら過ごしていました。

 

僕をいじめてきた子達はクラスでも人気者で常に明るくクラスメイトをよく笑わせていて周りに人が溢れかえる子達でそれを見た僕は「あぁ・・・いじめられるのは僕が悪いんだな、僕の周りには友達も居ないし、僕は何もできないゴミなんだ。」そこからはずっっっと自己嫌悪と周りの目を気にするだけの学生生活になっていました。

 

いじめはどんどんエスカレートしていって、物を壊されたり・教科書に落書きされたり上履きや教科書を隠されたり・荷物をひっくり返されたり・物を落とされたり・何か問題が起こるたびに僕のせいにされたり様々なものがありました。

 

当時いじめは色々見たり経験しておりまして、暴力によるいじめだったり精神的ないじめだったり様々でしたが僕は最初は精神的ないじめだったのですが、途中から暴力もされるようになりました。

 

僕は当時空手をやっていて大会の準優勝経験もあるのですが、いくらサポートをつけていても殴られたり蹴られたりするのって意外と痛いんですよね。で、僕が空手をやっていることをいじめてくる子達が知っていたので、休み時間によくクラスメイトと砂場でタイマンをさせられていました。でもいじめてくる子達が来るんじゃなくて全くいじめに関与してない子が来るんですよ。

 

そこが凄く意味が分からなった。なんでお前らが来ないんだと、僕を殴りたいんだろいじめたいんだろ、なんで周りで見てるだけなんだ。

 

最初は加減をしてやっていましたが空手というものは人の身体を壊すことに特化したものです。なのでいくら手加減をしても怪我をさせてしまうのではないだろうか、殴られることは痛いものだと理解しているのになぜ僕は殴っているのか。

 

そんな思考がずっと頭に残っていて途中から殴ることを辞め後はただただ殴られるだけでした。でももしかしたらその子は僕を殴らなければ自分もいじめられると思って必死だったのか結構長い間殴られましたね。幸いなことに空手は耐えることにも長けているので、特に怪我もすることなくチャイムが鳴り無事教室に帰ることができました。

 

でもその子は凄くいい子でなんだかんだでたまに話す仲になり、僕の誕生日に一緒に写真を撮った記憶があります。

 

僕はここまでいじめられた側の話をしていましたが、いじめる側にも立ちました。

 

その時僕をいじめていた人がターゲットにされていて、「仕返しするチャンスだぞ」と僕のことを今までいじめてきた子達が言ってきて僕自身も「よくも今までいじめやがって」って仕返しする気満々でした。

 

で、そのあと僕がされた物を落とされるってことを一度だけやったんです。

やる前は仕返しが出来てスッキリできるもんだと思っていたんですがそんなことは全然無かったです。あの時は本当に虚しいだけでした。そのあと落とされた荷物をその子が拾いに行く様子をみて周りの子達は笑っていましたが僕は物凄く悲しくて辛くて胸がモヤモヤする気持ちになりました。

他にも変な名前で呼んだりもしたりしてしまいました。なんでいじめられた側に立ったことがあるのに、なぜその苦しさが分かるのに同じことをする側に立ってしまったのか。

僕は二つほど理由がありました。

 

一つ目は、その間だけターゲットにされない

 

二つ目は、断れば僕もいじめられてしまうかもしれない

 

でもそれが怖くてやったところで結局は僕に全部戻ってきました。当たり前だと思います僕はそれだけのことをしてしまったのだから。

 

いじめる側にも立った僕が言えるセリフではないと思いますけど、「いじめは本当に何も生まない。ただただ辛くなるだけだ」

 

そのあと卒業まで僕に対するいじめや差別は無くなりませんでした。

 

と、まぁここまで書いてあれなんですけど、少し予定があるので一旦ここで切り上げたいと思います。続きはこの後書いていこうと思います!